小屋×都市
#05
「ぼんやり」
楽しむ小屋
目的を「ぼんやり」させたまま、起こることを自然体で面白がる。
そんなスタイルを、小屋暮らしの実践者から教えてもらった、11月27日のトークイベントをレポートします。
人は、「どんな」小屋を、「なぜ」求めているのか?
そんな「問い」で研究と連載をすすめる「都市を科学する〜小屋編〜」は、三浦半島に週末用の小屋をつくり、東京と二拠点で生活している 印部里菜子さんをゲストに、トークイベントを開きました。「手に追えるサイズ感が心地よい」「小屋がいとおしいですね」。実践者の実感のこもった言葉に、さまざまな発見がありました。
イベントは「人はなぜ小屋に惹かれるのか?〜まちの中の小さな居場所を紐解く」というテーマで、横浜市の「Tinys Yokohama Hinodecho」にて開きました。YADOKARIからさわだいっせいさん、ウエスギセイタさん、アーバン・サイエンス・ラボから西田司さんと谷明洋さんが登壇。印部さんが小屋をつくり、小屋生活を楽しむ様子を聞きながら、さまざまな考察をしたイベントの様子をレポートします。
小屋との出会い
印部さん夫妻はふたりとも、平日は東京のアパートから会社に通ういわゆる「サラリーマン」。週末になると「よほどのことがない限り」京急電車で三浦半島に建てた小屋に向かい、何もないようでいて色々ある「暮らし」を楽しんでいます。
最初から小屋に憧れを抱いていたわけではありませんでした。30代に差し掛かるころ、同世代と人たちと同じように家のことを考えてはみたものの、ローンを組んで広い家を建てたり、マンションを買ったりすることに、全くリアリティが持てなかったそうです。
「とにかく楽しく暮らしたい」
そのために探したのは、好きな「自然」と近い逗子や横須賀の「こぢんまりした古家」。不動産屋で見つかる中古住宅は、小さくても40平米前後と自分たちにとっては大きすぎるものばかり。「もっと小さな家を」と探し続けると、 見かねた不動産屋に「印部さん、もう小屋にでも住んだらどうですか?」と言われてYADOKARIのことを教えてもらったそうです。「小屋」という言葉にピンときて、YADOKARI運営の「未来住まい方会議(現YADOKARI)」などでさっそく情報収集。土地を探し、三浦市で小屋作りをはじめることにしました。
建築関係の会社に勤めているものの、DIYの経験がほとんどなかった印部さん。まず、三浦半島で宿づくりのリノベーションの手伝いに参加し、友達を増やしながら技術を習得。週末ごとに三浦半島に通い、約11平米の小屋を1年ほどかけて自作しました。難しいところをプロに任せる「ハーフビルド」方式としましたが、DIYが楽しくなり、当初の予想以上に多くの部分を自分たちでやりました。真冬の外壁貼りこそ寒くて辛かったものの、今となっては良い思い出。自分たちで張った床に寝転んだ時の感動は、とても大きなものでした。
View this post on Instagram
「いとおしい」小屋
イベントでは印部さんからそんな話を聞いているうちに、「いとおしさ」「ゆっくりつくる」というキーワードが浮かび上がってきました。
西田「民藝の鞍田先生という方と対談したのですが、民藝では『インティマシー(intimacy)=いとおしさ』という概念が大事なんだそうです。美しさは一瞬で見てわかるけれど、いとおしさは時間をかけて関わり続けることで得られる概念です」
さわだ「小屋ってハードを扱うことだと思っていたけど、もしかしたらソフトなのかもしれないと思ってきましたね」
ウエスギ「印部さんは小屋に愛着湧いてきていますか?」
印部「小屋いとおしいですね(笑)。小屋大好きです。小屋のいろんな部分に、作るときに手伝ってくれた人や、材料を持ってきてくれた人の顔を思い出すこともあります。急いで作ることもできたんですけれど、ひとつずつゆっくり作りたいなと思っていて。今もちょっとずつアレンジしています」
印部さんは、小屋を手に入れることよりも、そのプロセスそのものを大事にしているように感じました。最短の工期でコストを抑えて早く使えるようにする通常の建設とは、対極のやり方。「育てる」感覚にも通ずるところがありそうです。
「手に負える」サイズ感
もう一つ印象的だったのが、「小屋は自分たちの手に負える」という言葉。11平米って6畳ちょっとくらい。その中にキッチン、トイレ、シャワーがあるのですから、ワンルームマンションなんかよりも全然小さいといえます。
印部「小屋に住む前、大きい物件も見に行ったんですが、 私達の手には負えないなって思っていました。小屋をつくってからは、小屋はもちろん、三浦というまちのサイズ感にも居心地の良さを感じています。道もお店も分かるし、車運転していても知り合いとすれ違ったりするような『手に負える感じ』が小屋とマッチしているなと思っています」
谷「手に負えるサイズ感は、『等身大』とも言いかえられそうです。今の時代は、仕事にしてもプライベートにしても、とても大きな社会、たくさんの人たちと繋がれるようになりました。結果として、その揺り戻しで手に負えるサイズ感に落ち着きとかを感じる人が増えているんじゃないでしょうか」
ウエスギ「YADOKARIは小屋とかを考えるときに江戸時代の長屋を分析することが多いんですけれど、長屋って四畳半の部屋に家族5人寝てて、ちゃぶ台出すと食卓になって、、という最小単位なんだけど、井戸端会議が井戸の周りで起こって、銭湯がコミュニティスペースになってという小屋の暮らし方に近いなと思っていました。印部さんも地域の方とつながっていたりと、長屋ぐらしと共通するところがありそうですね」
印部さんは小屋を持ったことで、「もし食いっぱぐれても、『小屋あるし』と思える」ようになったといいます。自分たちでつくることができ、暮らすにも大きすぎない「サイズ感」。衣食住の「住」を自分たちの手でなんとかできるという実感が、心の余裕や自信につながっているのでしょうか。
インスタグラムで小屋ぐらしの様子を発信している印部さん。@bonyariweekendというアカウントからにじむ「週末は小屋でぼんやりーー」というスタイルが、とても贅沢に感じられました。
View this post on Instagram
予想外の価値を楽しむ小屋
「都市を科学する〜小屋編〜」は、「人は、どんな小屋を、なぜ求めているのか?」という問いから、事例を分析して考察しています。しかし、印部さんの話を聞いていると、「明確な理由や目的は、必ずしも必要ないのかも」という気がしてきました。
工期も目的も「ぼんやり」としたまま始めて、起こることを楽しんでみる。
効率やPDCAを考えがちな仕事とは、異なるスタイルで時間を過ごしてみる。
結果として、「いとおしさ」だったり、「等身大で過ごす時間」だったり、「『小屋あるし』という心の余裕」だったり、「作り続ける余白」だったり、「手伝いに来てくれる仲間」だったり、「野菜を分けてくれる地元の人」だったり、「二拠点効果で楽しくなった平日のサラリーマン生活」だったり、がやってくる。
思いもしなかった価値が生まれる可能性や期待感こそ、小屋の大きな魅力のひとつかもしれません。
(了)
<文、写真:小泉瑛一>
【都市科学メモ】 | |
小屋の魅力 |
予想外の価値が生まれる |
生きる特性 |
取っ掛かりやすさ、余白、マイペースへの寛容さ |
結果(得られるもの) |
いとおしさ、 等身大で過ごす時間、 「小屋あるし」という心の余裕、 作り続ける楽しさ、 手伝いに来てくれる仲間、 野菜を分けてくれる地元の人、 二拠点効果で楽しくなる日常、 家族やペットがイキイキする時間 |
方法、プロセスなど |
「ぼんやり」はじめてみる |
起こることを楽しむ |
【ゲスト】
印部 里菜子(いんべ・りなこ)
北海道出身、上京してもうすぐ9年の会社員。夫婦で、平日は東京のアパート、週末は三浦半島の小屋という二地域居住で暮らす。焙煎、イラスト、いももち屋など、こまごました好きなことをほそぼそと行っている。最近、三浦三崎の宿bed&breakfast ichi をお借りして、不定期のカフェを始めました。 三浦や小屋でのできごとを、インスタグラムにてイラストで公開中。
【参考・関連サイト】
@bonyariweekend (印部さんのインスタグラム)
YADOKARIサポーターの“小屋づくり”実践編|Case.2 Imbe Rinako