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建築と模型とメディア 
#01
“触発する媒体”と
物質性の論考

text:satoshi miyashita photo:akemi kurosaka illustration:awako hori

 

「モノがメディアになる」という視点から、日本社会の中で模型の果たしてきた意義を解き明かす、話題の書『模型のメディア論』をご存知ですか。
著者の松井広志さんはメディア論や文化社会学を専門にする新進気鋭の社会学者。今回のケンチクウンチクは、以前より建築模型の役割について着目してきたオンデザインの西田さんとともに、建築模型というモノを媒介にして生まれるメディアについてトコトン語り合ってもらいました。

 

 

@オンデザイン

 

西田 松井先生の著書『模型のメディア論〜時空間を媒介する「モノ」』(青弓社)を僕なりに解釈すると、人と人のコミュニケーションの間に現れてくるときの「物質性」、それが模型というモノを通してメディア化されるっていうことだと思うのですが……。

松井 その通りです。

西田 そういう意味では先生が研究対象とされている飛行機などの模型と、いわゆる建築模型は若干違いますよね。建築家は家を建てるときに図面という2次元データを通して3次元の現場とやりとりをするんですが、一般の人には2次元から3次元を想像することってなかなか難しいんです。間取り図っていうのは線だけの平面図で、建物を上から俯瞰している状態。でも実際の建物を俯瞰できることってじつは一度もないわけで、建築模型を利用してお施主さんに説明しながら、コミュニケーションをとることにしています。 

松井 ああ、なるほど、そうですよね。

西田 こうやって庭がつくられているとか、テーブルをこの場所に置いて、高さはこのくらいにして、棚には本を並べて、キッチンをコンクリートブロックで設えて……。建築模型っていわゆる環境情報ですけど、つくられる建物を体験していくという目線で見れば、図面にあらわれてない部分って非常に多くて、お施主さんはもちろん、自分たちもきちんと理解するためにも模型は非常に都合がいいツールなんです。

松井 確かに。

西田 お施主さんも模型を見ることで「ここに収納が取れていれば、すっきりと暮らせるんじゃないか」「買った土地からは海が見えるから、大きな窓とデッキのテラスをつくって、週末は友達を呼んでバーベキューもできそう」「商業施設をつくるならここで集客したい」……、地域性や企業性、さらに個人の趣味など要望はいろいろあるんですが、僕らはそれらを実現するために建物をつくります。つまり計画段階で彼らの思いを増幅するには、完成後のライフスタイルや風景が見えてこないとできないんですね。
 あとオンデザインの仕事はすべてがスタッフとの恊働設計です。その場合、設計しながら、「あれ、ここはこう思っていたけど違う?」みたいな齟齬が生じるのはあまり良くないことです。その点、模型で理解していれば、「想像していたのとちょっと違った」みたいなズレがなくります。

 

建築模型というメディア 

松井 なるほど。僕は、ふだん社会学やメディア論を専門に研究しているんですけど、その場合のメディアの考え方って、大きくわけてふたつあって、ひとつは「人と人とをつなぐ」というあり方です。これは、その派生から生まれるコミュニティーを考えることにもなります。SNSとかは、この人と人をつなぐパーソナルなメディアですよね。
 もうひとつは、「人と世界をつなぐ」メディア。たとえば、文学や映画のような対象となる虚構の世界に没頭すること。映画などは送り手であるマスメディアが受け手である私たちをつないでいますし、送り手を通さずに受け手側だけで作品とつながるケースもあります。
 オンデザインの場合は、まず前者の「人と人をつなぐメディア」という点で考えると、模型が建築家とお施主さんをつなぎ、さらにスタッフ同士でもつながっているというところが興味深いですね。

西田 なるほど。

松井 また、後者の「人と世界をつなぐメディア」という点からは、建築模型が新たな生活という理想像を提示するということになると思います。私としては、西田さんがそれをお話しされるときに、“増幅”という言葉を使われていたのも他のメディアと違って独特だと感じました。建築模型には人と人とをつなぐ役割と同時に理想の生活へと高めていくという、二重の役割があって、そのふたつの媒介性みたいなものが、すごく面白いなあと。
 歴史を紐解くと戦前の明治時代、日本では飛行機や自動車などのいわゆる近代的な視点から生まれた「科学模型」が主流でした。その科学模型の概念を今に残しているのが建築模型の世界だと僕は思います。
 つまり、実物が先にあるのではなくって、模型を先につくり、そこから未来像を達成していく流れです。飛ばす前に飛行機模型をつくり、新橋・横浜間が開通するよりも前にペリーが鉄道模型を持ってきて、後発、近代工業化へとつながっていくわけです。こういった模型をつくってから実物の飛行機や鉄道をつくるようなプロトタイプとしての模型の在り方は、今や工業製品の一部くらいにしか残っていません。
 でも明治時代(近代化の初期)までは、あらゆるものが「先に模型ありき」だったわけです。
 この流れが、なぜ今も建築事務所に残っているのかなって、ちょっと不思議に思ったんですね。

西田 本来の模型の姿が建築模型には残っているんですね。いい形でそのまま継承されていると。

松井 そうです。 

西田 その視点は面白いですね。鉄道も飛行機も将来の完成を理想像にしていましたが、今の時代は、飛んでいる飛行機を見て、それを模型にしていますよね。それはつまり、その「世界観」を自分の手元に置きたいっていうことからですか。

松井 その通りだと思います。市販されているお城の模型もすでにある建物をミニチュアとして手元に置きたいっていう欲望が、そこに見てとれます。明治以降から戦前までって、模型は英訳すると「モデル」になる場合が多いですが、もともとは「プロトタイプ」的な意味合いが強かったんです。でも、戦後、プラスチック素材が普及してからの模型は、むしろ「ミニチュア」という趣味の意味合いが強い。ミリタリー模型とか、ガンプラ(ガンダムのプラモデル)に象徴されるキャラクターモデルがそれですね。

西田 ですよね。