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哲学と建築のリアル
#02
言葉や物の先に、
暮らしがある

text:emiko murakami photo:akemi kurosaka illustration:awako hori

哲学者・鞍田 崇さんと、建築家・西田 司さんとの対談第2弾。つくり手と使い手にある意識の話から名作映画のワンシーン、さらにリノベーションの話など……。今回も前回に引き続き異なるスタンスで活躍する両者の白熱トークをお届けします!

 

@東京・御茶ノ水(Voici Cafe)

 

デザインとフィロソフィー

鞍田 僕にとって、建築やデザインは大好きなジャンルです。このジャンルを端的に言えば、形のある物を生み出す作業。一方、言葉は形なき物です。僕は、形なき物でしか表現できない物事があると思っていて、哲学をはじめとする言葉の仕事ってすごく大事だと思っています。

西田 はい、もちろん。

鞍田 たぶん、このふたつ(形ある物と形なき物)って相互的というか、形を通して形なき物を思うこともあるし、形なき言葉(物)から具体的なイメージや想像力を膨らませることもあると思います。で、民藝はそのふたつを担保してくれる存在でもあるんですね。

西田 なるほど。

鞍田 言葉があり、物があり、その向こうに暮らしの風景がある。学生にも授業で話す際、「デザイン」と「フィロソフィー」をいつも対で話します。建築やデザインの世界でも、よく「なぜその形になったのか」という根拠を問いますよね。僕らに求められている「まなざし」は、そうした二面的な思考です。

西田 すごくよくわかります。

鞍田 先日、僕の授業のゲストが建築家の大西麻貴さんでした。彼女はよく「愛される建築」という言い方をされています。以前、そのモデルを尋ねたら、「ガウディのサグラダファミリア」をあげてくれたんです。「愛されるって、ひとりでは完成できないってことだと思う」と。建築家個人の人生の中では完成すらしないし、何代にもわたってつくり続けられて、世代を越えて受け継がれて、使われ続ける。そういう何か特定の個人や集団や時代に閉じない建築が、もっとあっていいんじゃないかって彼女は言うんです。

西田 つまり、つくり手側がつくり続けるというよりも、建物自体をつくり続ける、ということですよね。建物が完成してないという意識を持ち続ければ、ずっと手を入れられると。

鞍田 そうですね。

西田 その意識の中には大規模な建て替えもあれば、小さな改修もある。そう考えていくと「建築」の意味も変わってきますよね。今までのようにつくり手側だけがつくり続けるというのは、一種の所有欲求にも近くて。

鞍田 ああ、確かにね。

西田 ひとつの物を買いました、手に入れましたっていう瞬間で満足して、次はこれを手に入れようみたいな。ある物を「使い続ける」=「つくり続ける」という感覚を、僕らつくり手側が持てたとしたら、もっと考え方も広がるんじゃないかと思います。

鞍田 それ、すごく分かりますね。すこし逸れるかもしれないけど、谷崎潤一郎の『細雪』っていう有名な小説がありますよね。何度も映画化されて、最後の映画化は市川崑監督。佐久間良子や秋吉久美子といった大女優が出演していました。


細雪(市川崑監督)©️1983 東宝(My Theater DD)

 

西田 艶っぽい女優さんばかりですね(笑)。

鞍田 物語のメインは芦屋に分家暮らしをする家族ですが、舞台のひとつに、その本家である大阪の上本町の商家があるんです。ところが、時代の流れで大阪だけでは商売ができないので、本家の家族全員で東京に引っ越すことになるんだけど、映画の最後の方で分家暮らしの次女が、本家の姉に「この家どうするの?」って問いただすシーンがあります。どうやらもとの使用人が主人に代わって住むことになるというので、その(使用人の)爺さんが呼び出されるんですね。その時に彼がこう言うんです。「住むんやない。ただお預かりするんや」って。

西田 あー、なるほど。

鞍田 このセリフは小説には出てこなくて、たぶん市川監督の脚色。でも、そのセリフが妙に印象に残っています。つまり、自分が所有するんじゃなくて、いつか戻ってくるまでの「預かり役」という感覚。封建的な気風がまだまだ色濃かった時代ならではのご主人に対する謙虚さという背景もあるけれど、ある意味、さっきの所有欲求とは異なった物との関わり方の一端を示しているような気がします。

西田 ええ、本来あるべき姿というか。

鞍田 今の時代なら自分が手に入れた物は自分の物として疑わないですけど(笑)。もしかするとかつては、たまたま預かっているだけで誰かからの「バトン」を次に渡すといった振る舞い方があったんじゃないか。そのバトンを僕らはどっかでポロッと落としてしまっていて、今それを探してるいる最中なのかなぁと。

 
リノベーションの余白

西田 そういう観点で言えば、建築におけるリノベーションも受け継ぐという意味において近いのかもしれません。最近、もともと工場だった空間をオフィスにするという案件があったんですけど、かつての工場からは、不思議な「余白」が生まれたりします。

鞍田 余白ですか?

西田 はい。工場という空間には、建物自体のスケールもそうですが、機械をメンテナンスしたり、工場の空間全体を上から見下ろしたりする場所があって、そうしたもともと使われていた空間の機能をリノベーションによって違う機能へと変えるわけです。

鞍田 使われる機能のズレみたいな?

西田 そうですね。そのズレから生じる「余白」の部分に、新たな使い手がすこしだけ読み換えて、この場所はこう使ってみたらおもしろそう、みたいな。

鞍田 そこに建築家の介入する余地が出くると。

西田 はい。そう言えば、先日、事務所にオランダの建築集団が遊びにきて、「僕らは今、教会の中に小屋をつくって住んでいます」って言っていました(笑)。

鞍田 おもしろいなあ(笑)。

西田 小屋が住まいで、残りのスペースが設計する仕事場。このズレというか余白がすごくおもしろいというか。もはや、つくることが命題ではなく、使いながら更新していく中でたまたま出てくる余白が大切なんですね。

鞍田 なるほど。

西田 だから「継承」とは、良い意味で建築に「余白」を生み出す装置になんだと。

鞍田 もともとの機能設定から新しい箱をつくろうとすると、きっとわざとらしい余白になっちゃうのかも。それはもしかしたら民藝にも言えることかもしれません。

西田 例えば?

鞍田 本来の意図を越えて、別の使い方をしているという点では、もともと農家で使っていた山仕事道具が今は買い物バックになっているとか……。単なる転用ではなくて、もとの用途性とか機能性から切り離して、自分なりに使いこなすという要素が民藝の世界にもあります。たどっていくと茶道具にもある要素です。

西田 鞍田先生の「民藝とはインティマシー(愛おしさ)だ」というフレーズは、僕は「時間概念」が含まれているのが良いなと思いました。つまり、「この瞬間が美しいです」といった話だけでは「愛おしさ」は発生しなくて、時間軸があることによって醸成されるものだと思うんです。時間って、対象と関係する「余地」を、たくさんつくってくれます。

鞍田 確かにね。

西田 例えば、今日いるこのお店の背景にあるレンガの壁の美しさを、建築的には「デザイン」と言います。でも、じつはレンガの壁に囲まれながら、ゆっくりと座れる心地よい雰囲気があり、お客さんがレンガっていいなって何気なく触れたりしている、その時間の概念がインティマシーなのかなと。

鞍田 時間によって育っていく、みたいな?

西田 そうです、そうです。

鞍田 あまり意識してなかったけど、その部分は確かにあるのかも。つくったときが終わりじゃなくってそこからはじまる、みたいなね。でも、そういうところって、今の時代、いろいろな場面で見直されようとしていますしね。

西田 鞍田先生の気持ちの中でも、建築のあり方自体が阪神淡路の震災から現時点までで変わってきていると感じる部分はありますか?

鞍田 変わってきているなぁと思う反面、実際にどこまで変わったんやろうっていう気もします。だって阪神淡路の震災後も結局、神戸空港つくっちゃうし、東日本大震災があっても東京オリンピックはやっちゃうとか。やっぱり社会全体はディベロッパーの方に動くわけじゃないですか。

西田 そうですよね。

鞍田 つまり建築っていうよりはハウスメーカー的というか、量産的というか。別にそういう人たちが悪いっていう話じゃなくて、経済を活性化するためには両方が大事なんだろうけど、圧倒的に世の中はいまなお量的拡大の志向性が根強く、しかも主体性が希薄な顔の見えないほうへ動いている現実がありますよね。だから、なんか……難しいなぁと思うところは正直ありますよね。(次回へ続く)

この続きは、4月15日に公開予定です。次回もお楽しみに!

前回の対談記事はこちらより
哲学と建築のリアル#01 「聞くこと」から生まれるもの

profile
鞍田 崇 takashi kurata

哲学者。1970年兵庫県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士学位取得(人間・環境学)。総合地球環境学研究所(地球研)を経て、2014年より明治大学理工学部専任准教授。著書に『民藝のインティマシー−「いとおしさ」をデザインする』(明治大学出版会)、『「生活工芸」の時代』(共著、新潮社)、『道具の足跡』(共著、アノニマ・スタジオ)、『〈民藝〉のレッスン つたなさの技法』(編著、フィルムアート社)がある。

profile
西田 司 osamu nishida

オンデザインパートナーズ代表。1976年、神奈川県生まれ。横浜国立大学卒後、スピードスタジオ設立。2002年、東京都立大大学院助手(-07年)。2004年、オンデザインパートナーズ設立。2005年、首都大学東京研究員(-07年)、神奈川大学非常勤講師(-08年)、横浜国立大学大学院(Y-GSA)助手(-09年)。現在、東京大学、東京工業大学、東京理科大学、日本大学非常勤講師。近著に『オンデザインの実験 -人が集まる場の観察を続けて-』(TOTO出版)がある。