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考察#01
“デザイナーズマンション”
というブーム以前以後

 

90年代に生まれた集合住宅の新定義、
そしてシェアハウスへとつながるアナロジー

 

文:鈴木紀慶(編集者、建築ジャーナリスト)

 

90年代、ライフスタイ誌をはじめとするさまざまな媒体で、「デザイナーズマンション」と称する最新の集合住宅物件が多く取り上げられていた。まるで一種のブームと化した当時の風潮にはどんな背景と文脈があったのか。そしてそれはいまどのようなカタチで継承されたのか。かつて雑誌「ブルータス」の人気連載「ブルータス不動産」で、取材・執筆を担当していた建築ジャーナリストの鈴木紀慶氏が、集合住宅の過去、現在、未来をあらためて考察する。

 

デザイナーズマンション誕生の経緯

 いわゆるデザイナーズマンション・ブームの火付け役というと、『ブルータス』(マガジンハウス)を挙げないわけにはいきません。
 1996年11月1日号で発売された「有名建築家が作った集合住宅情報」の特集は反響を呼び、翌年の11月15日号でも組まれ、筆者も毎回ライターとして参加していました。その後、1998年1月15・2月1日(合併)号から「ブルータス不動産」という、筆者が担当した連載がスタート。
 当初は「建築家による賃貸物件」という意味で「デザイナーズ物件」という言葉を使っていました。それがやがてひとり歩きをして、いつしか「デザイナーズマンション」という言葉となり、テレビ・ラジオ・新聞がこぞって取り上げられました。私の印象では、1999(平成11)年がそのデザイナーズマンション・ブームのピークだったように感じています。
 その後、それまで希少だった建築家物件自体が増え、「ブルータス不動産」の連載が終了した2004年になると、いわゆる「デザイナーズマンション」と呼ばれるデザイン性・居住性をアピールできる物件が一般的にも広がり、「デザイナーズマンション有ります」といった貼り紙が不動産屋さんの店先に貼られているのが見受けられるようになってきました。

ブルータス「有名建築家が作った集合住宅情報」1996年11月1日号、「有名建築家が作った集合住宅情報2」1997年11月15日号(マガジンハウス)

 
建築家ブームと集合住宅

 当時の「ブルータス不動産」などの物件取材でわかったことは、そこに暮らす若い単身者やカップルが、コンクリート打放しの部屋や二層吹抜けになった空間、メゾネットなどちょっと変わった環境に、若いときのある期間限定で一度暮らしてみたいと思っている人が意外に多くいるということでした。
 そういった物件を好まれる人は建築好きでありデザイン好きです。彼らにとってのメリットは、賃貸なので住み替えも容易にできるわけで、当時は有名建築家の物件をはしごしている人もいました。
 世の中がデザイナーズマンション・ブームで盛り上がっているときに、その火付け役だった『ブルータス』は、今度は「東京23区に家を建てられますか?」(1999年12月1日号)という特集を組みます。いわゆる建築家が都内に設計した戸建て住宅を紹介するのですが、「先生ではない、お友達のような建築家」といった切り口で若手建築家を紹介したことにより、今度は「建築家ブーム」へと展開していったのだと思います。
 アトリエ・ワンやみかんぐみ、手塚建築研究所といった、カジュアルな服装で取り上げられた若手建築家のキャラも一役買ったように思います。

 

ブルータス「東京23区に家を建てられますか?」1999年12月1日号(マガジンハウス)

 
デザイナーズマンションは日本人の生活を変えたのか

 1980年代は単身者向けの賃貸物件を探してみると、六畳一間でキッチン・トイレ付きといった下宿に毛の生えた物件しかなかったことを記憶しています。
 結局、戦後の集合住宅は貸す側(大家)の論理でつくられたものが多かったわけです。しかし、デザイナーズマンション・ブーム以降は借りる側(店子)の論理でつくられたものがいくらか増えてきました。このブームで学習したことは、集合住宅にしても戸建て住宅にしてもデザイン(デザイン性・居住性に優れた物件)があることを再認識し、それらの物件評価の視点がいくらか変わってきたのではないでしょうか。
 ただ、私は結論からいうと日本人の生活は変わっていないのではないかと考えています。明治から今日まで、つねに西欧化、欧米化の影響を受けてきましたが、和洋折衷のライフスタイルは現在も続いているように思うからです。それについて、拙著『日本の住文化再考——鷗外・漱石が暮らした借家からデザイナーズマンションまで』(鹿島出版会)から引用させていただきます。

 「ブルータス不動産」で取材した122件のうち、入居前の物件は調査対象からはずした、102件で統計を取ってみると、椅子坐(椅子式のみの生活スタイル)69件、床坐(床坐だけでなく、椅子坐と床坐の和洋折衷の生活スタイルも含める)35件、2対1割合だった。そしてわかったことは、住戸面積が30㎡を切ると、ほとんどの入居者が床坐と椅子坐の折衷の生活スタイルになっていた。狭い空間に椅子やソファを持ち込むよりは、床に坐ったほうが経済的でなおかつ生活する居住者の視点が下がり、天井が高く感じられ、狭い空間を有効に使えるからだ。また、和室と同じように多目的空間となり、昼はリビング・ダイニングで夜は寝室になる。外国人でも、日本で暮らしているので日本の生活スタイルを体験したいということから、床坐での生活を楽しんでいる人もいた。

 加えて言えば、取材した122件のうち、分譲やリノベーション物件では畳敷きの物件はありましたが、賃貸においては畳敷きの部屋(和室)はひとつもありませんでした。ただ、畳を敷いた(一畳ほどの)小上がりやフローリングの上に敷いた一畳ほどの置き畳はありました。
 2003年には70㎡を超える賃貸物件も登場してきましたが、その多くは30㎡前後の物件で、そのため間取りとして大きな変化は見られないのですが、空間として立体的に見たとき、1.5層の空間やメゾネット、一部にロフトや半地下になった収納スペースがあるなど、いろいろな工夫がなされ空間のバリエーションが増え、結果的には居住者の生活スタイルにあわせて空間を選べるようになってきたことはよかったのではないか考えています。